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電子の海でダンスを

ライターの雑記帳。仕事じゃないのでゆるーく書いてます。

【本】カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』感想(ネタバレ有)【★★★★★】

主人公の彼女と、彼と彼女の話。

 

主人公の一人語りで始まるこのお話、とても良かった。

 諦念が、オケの重奏低音のようにずっと聴こえ続けているような。

干潟で夕方にひたひたと足が濡れるような、もうすぐ、ここは沈むのだと予感させるような。

読み進めるたびに、そういう不穏な空気が濃くなり、そしてそれは実際にそうで、主人公たちのいる場所の日常性と清廉さが、その不穏さをより際立たせるように思えるような描写が美しかった。

 

まぁ、不穏さは正解です。登場する子供たちは、臓器提供のモルモット、いずれ死ぬ運命と定められているから。

さぁ、その運命から主人公たちは逃れられるのか否か……と書けばスリルサスペンス色が強くなるけれど、実際はものすごく抑圧的な、それも意図的な静けさと抑圧を感じさせる静かな静かな物語でした。

 

親友の彼女は、まるで姉のようです。

彼女は間違いなく主人公が好きだった。愛していると言っていい。家族のような感情で、慰めあい、励まし合いやってきた仲間で、だからこそ、近すぎるゆえの愛と同居する憎しみや嫉妬、つまり姉妹が持つような黒い感情、どうして私にない物をあなたがもっているの?というような憎しみというか、そういうものももっていて。

 

だから彼女は、本来主人公が持つものだろうと思われた、そしてそれは多分主人公にとって非常に重要だったものを、確信的にかっさらい、そして自分の憎しみや嫉妬を隠すための、巧妙な嘘、多分愛にコーティングした行動をとったんだろうと思います。

 

もう一つ言うなら、彼女の嘘はただ嫉妬からだけではなかった。

自分自身の運命の絶望、自分が特別で救われるという幻想を持ちたくて、それを意識的にも、無意識的にも信じたかったんじゃないかなあ。

彼女は後半で主人公に胸の内を吐露したときは、そのことを自覚していたけれど、それまで自覚的であったかは定かではないと思う。旧友たちも、みな知っていたようで、無意識に自分自身に対して隠していたのだから。

自分たちが特別素敵な出自だと信じたかったから。

 

 

終盤で、お姉さんのようにふるまっていた彼女は、主人公が助かる手段があると知って、そしてそれを主人公たちがやらないのだと知ってやってきます。

 

『許して。私はあなたのものを奪ったの。あなたの生きるチャンスを奪った』

 

この瞬間からの彼女の立ち位置の逆転は実に鮮やかでした。

強気な教え諭す姉の仮面をかぶり、主人公に依存していた自分を捨てて、嫉妬や絶望や憎しみも持っていた醜い自分をさらし、ある意味主人公の下へ降りる。

主人公を救うために。

 

『あなたを助けたいから、わたしは、自分のすべてを認める。あなたにもっとも知られたくない羨望や嘘や嫉妬を、あなたにひらく』

 

彼女が自分のプライドも何もかも、かなぐり捨てた瞬間が、わたしを離さないでの鮮やかなクライマックスだと思えました。

私は彼女の凄烈さが美しいと思いました。ああ、綺麗だなあと思ったんです。

様々感情を持っていた彼女が、最期に選んだのは、自分を守ることでもなんでもなくて、兄弟同様に育った主人公を助けようとすることでした。

たとえ自分が助からなくても。

 

感情的な起伏のない(それは多分主人公がそうだからなのですが)、静謐な物語の中で、このワンシーンがいやに鮮やかで頭に残っています。

 

 

あと、私は読んでて全然気が付きませんでしたが、この記事はすごく興味深かったです。

うーむ、こういう視点からも読めるんですね。言われてみれば確かに…!という。

勉強になりました。

mess-y.com

 

 

関係ないですが、わたしを離さないで、の日本語の文字のおき方もなんだかこの話にぴったりきますよね。

『離』という感じを真ん中にして、あちらとこちらに離れ離れになっているものたちが、何だか呼び合っているように思えるもので。

 

 

星は★5です。

ラストの緩急が、私のハートにぐっさり刺さりました。

基本良作は★4以上ですが、ぐっさり刺さった場合、★5です。

ツボってやつですね!