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電子の海でダンスを

ライターの雑記帳。仕事じゃないのでゆるーく書いてます。

【ブログ】『箸三膳分の愛』槙野さやかさん感想【★★★★★】

 

私は槙野さやかさんの短編がとても好きだ。

寄る辺なく傷つけられて、それでも世界の夜を歩きとおして生きてきた人は、決して大人になることはできない。

どうして槙野さんはそれを知っているんだろうなぁと思う。

 

ここで書かれるのは、理不尽に世界に傷つけられた『彼女』だ。

世界に傷つけられた人は、世界を信用しない。

世界の中にいる人々も、世界の一部であり、自分以外の人間は敵で、自分にもくろみを持って近づき、自分を傷つけるから。

もちろん『彼女』もそう思っている。

だから彼女は自分を愛そうとした人たちを嘲笑した。

 

そんな彼女が癒されるのは、なんて安直なんだろうとも思うけれど、愛によってで、しかも、それは劇的で燃えるような、青い燐光を放って燃え尽きるような愛なのだ。

 

たがいの心臓を取りだして差し出すようなやつ

 

と文中で書かれたような愛によって、彼女は大人になる。

 

『世界』に傷つけられた人は、なかなか大人になることができない。体は大きくなるけれど、心の中は止まってしまうから。 

大人になることは、寄りかかれて助けてと言えて、差し出した手を取ったりすることなのだけれど、それは、大人になれた人しかできない。

 

だから彼女は、かつて世界を憎んでいた彼女は、オフィスグリコのひきだしを引く彼女は、そして同僚から箸を差し出され受け取る彼女は、もう、大人なのだ。

 

でも、世界と敵対できるのは子どもだけで、そういう人だけがもっている、あの独特な刹那な感じ、鋭くて切れ味の鮮やかな感じ、

 

誰かが言っていたけれど、

『自分の肋骨を一本抜いて、それで切りかかってくるような』

そんな感じの、

 

自壊しながら、復讐を狙うような、儚さを含んだ美しさを、私も美しいと思う。

かつての彼女だった、そのようなものを、とても美しいと思う。

 

でもやっぱり、槙野さんが書いているように、私も『彼女』が大人になれたことを、良かった、と思うのだ。

 

大人になるという事は、その人がこの世界をちょっとでも楽しみながら、とりあえずはこの世界を少しは愛して、生き続けようと思ってくれるという事だから。

 

というわけで★5、あなたが寄る辺なく傷つけられて、ここまで歩いてきた人なら、そしてそれでいてなにかしがの愛によって大人になれてしまった人なら、ぐっさり刺さること請け合いです。

  

kasasora.hatenablog.com