電子の海でダンスを

ライターの雑記帳。仕事じゃないのでゆるーく書いてます。

【雑記】先生は死んだことがあるのかと言った

 

演技の練習をしていると、先生が良く言います。

「想像して、何もかも想像して、本当にその気持ちで考えるんだよ。

そうでないとできない。たとえば、死ぬことを体験することはできないけれど、それを想像して私たちはやらなければいけないんだ」

 

この、体験できない死すら想像して演技するという話は、割合に良く出るのですが、そのたびに、私は死んだことあるんじゃないかなと思うのです。

 

それは手術の全身麻酔をするときで、私は看護婦さんに麻酔をしますよといわれて、気が付いたら6時間後、夜の病院のベッドの上でした。

パソコンがシャットダウンするみたいに、不意に何もわからなくなって、ただそれだけで、目を覚ました時、なんでかわからないけれど、

「運が良かったなぁ」

と思いました。大した手術でもなかったんですけれども。

 

死ぬときは、思考というものがすべて止まってしまうのですから、考えるということに使われる脳の機能が、すべて止まってしまえば、死んでいるのと同じではないかと私は思います。

ほんとのところは考える以外の脳の部分が、麻酔ではちょっと生きてるから、厳密に言えば本当には死んでないんだよってお医者さんが言っていましたけれども、思考しないなら生きていないのと一緒じゃないかと私は思うのです。

だから、あれはきっと一度小さく死んだんじゃないかなぁ。

 

死ぬのは思うほど怖いことではありませんでした。

ただ、暗くなって消えていくだけですが、何も恐ろしいことはなかった。

世界が遠くなって、本当に何もわからなくなるだけです。

そのことを考えるのは怖いかもしれませんが、死んでしまうことそのものは、たいして怖いことではありませんでした。

遠くなっていく感じ。しかも、瞬間的に、不意に。

これに痛みが伴うなら、痛いという事それ自体については怖いと思いますけれども、やっぱり死ぬのは、体験してみたら全然怖くないものでした。

 

麻酔の前に先生は言っていました。

もしかしたら万が一の場合は死んじゃうから、よろしくねと。

何が宜しくなのか、悪い冗談としか思えません。それにそんなこといわれても、よろしく何をしておけばいいのかもうーと私は思いましたけれども、不意に真っ暗になって六時間後に目を覚ました時、私は、

「ああ、生きてたな」

と思いました。

 

死ぬことは何も怖くないんだなとその時思いました。

それから、

ぼんやりしている意識で、目を覚まして、生きているというのは、何だかとても、良いもんだな、となんだかほっとして嬉しくなって、

でも意識がすぐにはっきりしてきて、どうも、生きてるって痛いもんだったなと、じわじわとそういえば痛いということを感じ始め、何だかちょっと、力なく苦笑いをして、

 

それでも、やっぱり生きててよかったなぁと思ったのでした。

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