電子の海でダンスを

ライターの雑記帳。仕事じゃないのでゆるーく書いてます。

今日のお題「夜の散歩」#1

とても嫌なことがあったとき、落ち込んだとき、犬と夜の散歩に出かける。

これは結構いい気分転換になる。

 

相棒がいるというのは、こういう時いいものだなぁと思う。

一人で暮らしていると、ときどき煮詰まるような気がする。悲しいことや怒りにとらわれてしまいがちな時、一人きりだとなかなか気持ちの切り替えができなかったり、浮上できなかったりするものだ。

しかし、うちには犬がいる。

私と一緒に住みながら、まったく私に配慮せずは全然違うタイミングでそれとなく存在する、我が家における犬という存在は、新しい空気を連れてきてくれる気がするし、かまったり、散歩にいったりといい気分転換のきっかけにもなる。

 

何より、犬は夜の散歩をとても喜ぶ。

犬が喜んでいるのを見ると、私も良いことをした気分になるので、落ち込んでいた気分がちょっと明るくなる。

 

そして犬は私が落ち込んでたり悲しんでいたりということに全くお構いなく、一生懸命電柱のにおいをかいだり、アスファルトではない、土が見える地面を探しに、とっとことっとこ楽しそうに歩いていく。(犬は土っぽい地面が好きで、よく散歩のときはそういう場所を探している)

 

私が少し走る気配を見せると、何だかテンションをあげて一生懸命走りながらついてくる。そういうとき犬のしっぽはぴんとたっており、目はキラキラして、口をあけハァハァいいながらとっとことっとこついてくるのがとても可愛い。

私が考え事をしながら歩いたり立ち止まったりすると、それに全くお構いなしに好きなところへと歩いていく。

 

ところで、他の家の犬の噂をきくと、

「飼い主が落ち込んでいるとお気に入りのおもちゃを持ってきてくれる」

「飼い主が泣いていると寄り添ってくれる」

などなど犬が飼い主を気遣うエピソードがちらほらあるのだけれど、うちの犬に限ってはまったく私のことを思いやってくれない。

落ち込んだ気持ちの気分転換の散歩でも、犬は自分の楽しさに一生懸命である。

私はほとんど泣かない人間だけれど、私が泣いていてもうちの犬は、

「ふーむ泣いておるな~」

みたいな感じで一瞥するか、無視するかしてくるだけである。

 

最近は

「チョコ、おいで!」

と呼んでもまったくこなくなり、私をちらりと一瞥するだけである。

私が犬をだっこして名でまくったり顔をすりすりしていると、腕の中で渾身の力を込めて足をばたつかせ私の腕の中から逃走を試みるという可愛くなさである。

 

犬、14歳。

若いころは私の子分のように命令をきき、呼べば飛んできたのに、14歳、人間でいう80を超えた年になって、人間を無視するふてぶてしさを身につけたと思われる…。

人間同様、年を取ると犬も老獪になるのだ。私のもとに走っていってもメリットはなく、しかも私も特に機嫌を悪くしないことを良くわかっている。

 

む、最後は犬の愚痴になってしまった。

つまり今日はなんだか落ち込むので、これから犬と散歩に行ってきます、という報告なのでした。

 

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