電子の海でダンスを

ライターの雑記帳。仕事じゃないのでゆるーく書いてます。

今日のお題「介護」#6

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介護、という言葉を聞くと思い出すのは、くまちゃんという友達のことです。

 

くまちゃんは、社会的なコミュニケーションスキルの高い仕事のできるしっかりものでかつ絵がすごくうまい友達です。

しかし、めちゃ恥ずかしがり屋さんで、SNSに写真をあげられるのが嫌いで、そもそも写真を撮られることが嫌い、プライベートで付き合う人は本当に信頼する少数、といういまどきめずらしい人でした。

くまちゃんの友達の中で、彼女の家に行ったことがある人は、私を含めて2人だけです。それが特別信頼されているような気がして、少し嬉しいと私は思っていました。

 

くまちゃんの家にいくと、たいてい、くまちゃんの母がいました。

くまちゃん母は物腰の柔らかい人で、くまちゃんと仲良しでした。私にいつもにこやかな人で、私は好きでした。

くまちゃんの母はいい人だね、と私が言うと、彼女は、

「そうなんです、お母さんだし、大事なお友達という感じもするんです。良く二人でご飯を食べに行ったり、お買い物へいったりするんですよ」

と笑っていました。

 

あるときくまちゃんが、

「お母さんの肺に影があって、がんだったみたいで手術した」

といいました。

 

もうしばらくたって、

「お母さんの肺、治ったと思ったら再発して、今度は骨にがんがあるみたい。今はイレッサという薬を飲んでいる」

といいました。

 

イレッサ。骨に転移。

どちらの言葉にも私はなんだか嫌な予感がして、「もしかして命にかかわるの?」ときこうと思ったけれど、やめました。本当に生死にかかわる病気になった時、本人や、その身近な人が、この、「もしかして命にかかわるの?」という問いかけや、「いつ帰って来れるの?」という問いに、

『命にかかわるよ』とか、『いつ帰れるかわからないよ』という返答をすることの苦痛を、私は知っていたからです。

私はだまって、それ以外の返答をしました。今になって、何ていったのか覚えていません。

 

数か月して、くまちゃんはいいました。

「お母さんがなくなったんです」

「私は友達が沢山はいないから、お母さんも大事な大事な友達の一人みたいなものだったから、お母さんも、大切なお友達も失ってしまったみたいでつらいです。

毎日たくさん話していたから、話す人がいないのがとてもつらい」

「でも、最期の日々は楽しかったんです。私、介護なんて絶対にできない、絶対に嫌だなっておもっていたんですけど、お母さんの最期の日々の介護は全然いやじゃなかったし、楽しかった。

お母さん、最後は脳にも転移しちゃったから、ちょっと幼くなっちゃったんですけど、そんなことも可愛いと想えたのです、私が介護でお母さんをお風呂に入れてあげて、幼くなっちゃったお母さんが、

「うふふ気持ちいいね~」

って笑っていて、そんなこともすごく可愛いと思ったんです。

今回わかったんです、好きな人なら、私、介護できたし、嫌じゃなかった」

 

その話をきいて、私は泣いてしまうし、話ながらくまちゃんも泣いてしまいました。

いまでもときどき、くまちゃんと、この介護の話をするのです。愛だけで、無償の介護がすべての場合でできるのか、ということは本題ではないから、あんまり考えないでほしいのですけど、何度も何度も繰り返して、語られるくまちゃんのこの話は、多分、彼女にとって、大事なお母さんの思い出の話だと思うのです。

 

あ、この話は、ちゃんと書いても良いよ、という許可をもらって書きました。

今日は介護の話でした。