電子の海でダンスを

ライターの雑記帳。仕事じゃないのでゆるーく書いてます。

【★2】細田守監督の「未来のミライ」見てきました~【ネタバレ解説&感想】脚本の主軸と結論についても。

未来のミライ (角川文庫)未来のミライ オリジナル・サウンドトラック

 

細田守監督の「未来のミライ」見てきました。

公開日の翌日くらいだから7月20日くらいに見ました。

でばばっと感想書いていたんですが、そういえばまとめてなかったのでここにまとめます。

えー、個人的に先に結論を言うと★2です(5点満点中)

 

というわけで、今日はなぜ私は★2なのか、そして冒頭から現れるファンタジー世界や未来ちゃんとはなんなのかを解説します。

特に、ファンタジー世界についてよくわからない人が多い印象なので、そのあたりくわしくいきます。

 

作品のテーマは、愛の喪失ってやつです。

 

まず作品のテーマなんですが、愛の喪失ってやつなんですよ。

親の愛を独占していた主人公くんちゃん4歳。しかしくんちゃんは新しく生まれた妹の未来ちゃんに、親の愛をとられてしまいます。

これは冒頭から作品全体に端的に表れていて、くんちゃんは終始、新しく来た未来ちゃんに親の愛を奪われ続けるんですよね。

くんちゃんはお兄ちゃんなんだから!そう言われて親から相手をしてもらえなくなる。

そんなくんちゃんの口癖は、

 

「未来ちゃん、好きくない!」(未来ちゃんは好きじゃない!)

 

最初に未来ちゃんに親の愛を奪われた日、つまり映画の冒頭、絶望するくんちゃんに飼い犬のゆっこが語りだします。

「かつては私が、あなたの両親に最大の愛をもらっていたのです、それがあなた、くんちゃんがきてからというもの、餌は安いものに取り換えられおやつは減り…そう、私は愛を失ったのです。

あなたもそうなるんですよ!ざまぁ」

みたいなことを言うわけです(ごめん一回しか見てないからうろ覚えですけど)

 

このシーン、映画全体であらわされるものは何かが端的に表れてて、とてもいいですね。 

そう、ゆっこが映画冒頭に予告した通り、映画の中でくんちゃんは愛を奪われ続けます。

くんちゃんは未来ちゃんに親の愛をとられて絶望する、というのが繰り返し語られる。

 

つまり、この映画のテーマは、奪われた愛と、絶望をどうするのか、ということ。

 

奪われた愛を取り戻す、というのはじゃあ具体的にどういうことなのか。

 

両親が自分に振り向いてくれる

 

ということであり、それは具体的に言うなら、

両親からの、「あなたを愛している」という言葉、その表現、ぎゅっと抱きしめる、みたいなことなんだよね。

 

さぁ、くんちゃんは愛を取り戻せるのか。くんちゃんを抱きとめるのは、誰なんだろうか、と我々はワクワクしながら映画を見ることになるわけです。

 

くんちゃんとファンタジーの世界=現実逃避

 

さて、この映画、冒頭のゆっこがしゃべるというところから始まり、突如としてファンタジーが始まります。

多くの人が急なファンタジー世界にびっくりした、みたいなことを書いていたんですが、これ、そんなに急でもおかしいわけでもない。明確なルールにのっとってジャンプしておりまする。

 

ファンタジー世界への移動にはトリガーがあります。

そう、それはくんちゃんから、親の愛が奪われた時に必ず移動しているのです。

親がくんちゃんの気持ちより未来ちゃんを優先したときにファンタジー世界へのトリップがおこります。

 

つまり、ファンタジーの世界=くんちゃんから愛が奪われた瞬間に訪れる逃避世界。

ともいえる。

ファンタジーは、ぐんちゃんの中で逃避行動が起きていると言い換えることもできますね。

子どもがファンタジーを頭の中に描くときは辛い時。

辛い現実を受け入れられない!となったときに行くもんなので、愛を奪われたくんちゃんがファンタジー世界に行くのは、理にかなってるというわけです。

 

通常、この逃避したファンタジー世界というのは、夢の国、ドリームランドであり(クレヨンしんちゃんのモーレツ大人帝国とかがそうですね)、

つまり、愛を求め、愛が欲しいくんちゃんが逃避するなら、くんちゃんの欲しい愛の国になっているもんです。

が。

なんと、このファンタジー世界、逃避世界のはずなのに、しかして地獄のファンタジー世界なのです。

 

おっとびっくり。ファンタジー世界まで地獄なくんちゃん 

 

ファンタジー世界の住人が、ぐんちゃんに言うことは覚えている限りでこんな感じです。

 

犬のゆっこ→お前はこれから愛を失い続けると予言【呪いの予言……】

みらいの未来ちゃん→なんでお兄ちゃんなのに未来ちゃんにやさしくできないの!

過去の子どもママ→ぐちゃぐちゃにしてると楽しいよね!というもののその後自分のママにしかられてくんちゃんを追い出す

みらいの自分→ばかめ…なんでそっちいくんだ。その他ぐんちゃんを責める。

ひいじいちゃん→バイクで自立を促す

忘れ物広場の駅長さん→家族と縁のない子は怖い所へ行くんだよ【脅し】

恐怖の新幹線→マジ恐怖

 

ファンタジー世界へ行く前、行く後、誰もくんちゃんへのフォロー無し!!

 

ファンタジー世界へ行く前、親の愛を失ったくんちゃんは、母親のことを鬼婆とかいって母親と喧嘩をします。そして未来ちゃんに愛を奪われて焼きもちを焼いたりするのです。

で、ファンタジー世界へ。

でも、そのファンタジー世界は、誰もくんちゃんを受け止めません。

誰かが現れるだけで、誰もくんちゃんを愛してはくれない。

そしてくんちゃんは失意の中ファンタジー世界から帰り、しかし、帰ってきて親がフォローしたりもしないのだ。

つまり、彼は常に愛の敗北者である。現実でも、ファンタジーの中でも。

 これ、脚本的にどーなのですか!?と思いました。

 

くんちゃんと両親について

 

傷ついたくんちゃんは親に愛されたい。が、誰もが彼を放りっぱなしということを述べましたが、実は両親によってちょっとだけですが、ワンエピソードずつフォローされています。

 

母→眠ってる時にくんちゃんは宝物という

父→自転車乗れた時に遠くでわっしょいする

  

母親はたった一度、ねむっているくんちゃんに

「あなたは私の宝」と言い、

 

父親はたった一人自転車をこぐくんちゃんのために、遠くで万歳をする。

 

でもねー、これってどうなんでしょう。

自転車のエピソードは、父の愛、ではないですよね。

 

たった一人で自転車をこぐ=自立の象徴

 

であり、父はタダ遠くで万歳しているだけ。

よくやったと抱きしめるわけでなければ、駆けよるわけでもない。

他人事の愛というか……くんちゃんはここでも、親の愛を向けられてはいないと感じます。どっちかっていうと、自立を喜んでますよね、父。

 

その父は夜、涙ぐんだりするんですよね、くんちゃんはいつのまにか大人になって…

みたいなこといって。

私は思いました、ばかばか、何言ってんの!受け止めてあげるのはあの時!あなたしか!いなかったのに!! 

 

映画の中の二人の親の問題点。

 

そりゃもう、くんちゃんの心のフォローを本当に一切しなかったというところにつきます。

 

びっくりするくらい受け止めゼロ。

忙しいとかは全然いいのです。でも、理不尽に受け止めないということばかりで、本当に劇中で一度も、くんちゃんを愛しているって言ってくれなかった。

大好きって言ってくれんかった。抱きしめなかった。

これから嫌な未来しかみえーん。

 

眠っている時に宝とか言うのって意味ないよ大賞を上げたいです。子どもに愛を伝えるなら!!起きてる時にやりましょう!!!!

未来のくんちゃん、どうもぐれかかっている様子だったが、そりゃそうなるよな、と思うなど……なるほどー

 

ここからは脚本的に各人物の存在意義など

 

・未来ちゃん

ほぼいる意味がないです。

ほとんどくんちゃんとは心の交流をしていないので二人は通じ合いませんでした。

まじなんでいるのだ…??

 

・ひいじいちゃん

全編を通して、自立のエピソードを背負う人。

これがくんちゃん13歳とかなら自立エピソードとして大感動だった。そう、エピソードとしてはとてもよい。

だが、4歳児に自立のエピソードというのはちょっとと思いました。福山さんがかっこよすぎてしびれた。このひいじいちゃんのエピソードのために映画見ても良いくらい。

 

・子供のママ

エクスキューズの話。子どものママもくんちゃんとおなじだったよ、という。

弟によって愛を奪われた側であるママの話。

ここから読めてしまうのは、

「だからくんちゃんも愛してくれないママを許して」

「ママもこうだったんだから、悩みすぎなくてよい」

ママのフォローではあるが、くんちゃんの愛の受け止めではないんだなー

 

・インデックスで一瞬でてくる子どもパパ

病弱で自転車に乗れなくて悔し泣き

→パパだって大変な時があったのさ

メッセージ「だからくんちゃんも至らないパパを許して」みたいになっちゃうんじゃ…??

 

 

結論、愛より自立。えええ!?

 

最終的な結論、喪失した愛は戻るか戻らないかわからない、

でも、現状戻らなかった。

だが、家族の営みの中にある自分を感じ、自立していきていこう!

そしてやっぱ愛は表現しない両親。

 

みたいな。MAJIかよ!!!

4歳児が愛を失い、そして取り返せないという後味悪いエンドに。

 

自立の大原則について

児童心理をやったものとして言わせてもらえば、自立は十分に愛されたものしかできない。

親の怠慢によって自立せざる負えないというのは真の自立ではない。

 

ここから考えると、くんちゃんは自立した、のではなく、自立させられたのですよね~。

本人は自立したいなんて思っていないのです。ちなみに、無理やり自立させられた子は、空虚な子、ひねた子、心に穴の開いた子どもになるというのが定石なのでなんとも後味の悪い映画でした。

 

そもそも、4歳は自立できないもんです。4歳の子どもというか幼児が大人の振る舞いをするのは異常な事でもあります。甘えさせてあげようよ……。

 

愛されないけど未来ちゃんを愛せるのか、みたいな映画でした。

まぁ私としては、

「あいせないよね……」

としかいえなーい!

 

親がしっかり愛してくれてはじめて、妹のことも愛せる。

両親が二人を気に留めて初めて仲良くなれるのです。

親の愛が偏ったり、フォローのない子はひねくれます。

くんちゃんひねくれる未来しか見えない。

ぎゃふん!

 

おまけ。~オーソドックスなハピエンの脚本にするなら~

 

1親の愛を失う、未来ちゃん嫌い!

2未来の未来ちゃんが現れる

3未来の未来ちゃんと信頼関係を結ぶ、くんちゃん未来ちゃんを嫌いつつ、未来の未来ちゃんのことを想い、ちょっとだけ未来ちゃんに親切になる

4両親が自分たちの問題に気付き、くんちゃんのフォローをする

5両親がぐんちゃんを愛してるよって言う、抱きしめる、ぐんちゃんは未来の未来ちゃんも今の未来ちゃんも好きになる、本当のお兄ちゃんになる

6お兄ちゃんになったくんちゃんは、まえよりちょっと大人になる、自立の予兆

 

愛の獲得し直しとちょっとの自立?

 

というような感じになったと思います。

 

ちなみに今の脚本だと、

 

1親の愛を失う、未来ちゃん嫌い!

2未来の未来ちゃんが現れる

3未来の未来ちゃんと会うが心はそんなにつながらない

4ファンタジー世界で自立を促される

5両親からのフォローなし、くんちゃんは一人で自転車に乗れるようになる

6家族史を見せられる、現実に帰宅(ここの意味がわかりにくいが、多分家族の中の自分を見つけて強く生きろ的な?)

 

結論、自立。

 

私の感想。 

個別のエピソードは面白かったです。

けれど、映画を貫くテーマが、「???」という感じで納得いきませんでした。

4歳児は自立できないよ!まずは愛だろ、愛!!!

 

個人的に福山さんの演技がうますぎて震えたし、エピソードはとてもよかったので、福山ファンと声優演技チェック勢にはおすすめ!

 

良かったところとおすすめポイント

 

福山さんが好きなら絶対見てほしい。

福山さんの演技が本当に細かいところまで最高で最高。

見ながら感動しました。

いい声してるけど誰…?と思いながら見たら福山さん。

ひいじいちゃんのエピソードでご飯3倍いける!!!

 

おすすめ星の数【★★☆☆☆】

脚本どうなのみたいなことをたくさん書きましたが、

つまらないわけじゃないです。

個別のエピソードは面白い。けれど、それを繋いで行ったときに脚本の芯がみえない。

着地点もなんか踏み外しちゃった、という感じがしたので★2です。★一個は福山さんの演技に。

 

 それにしても、だんだん細田監督の映画のシナリオ、荒くなってない…?

 

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