電子の海でダンスを

あたまのゆるいシナリオライターの雑記帳。

岡村さんは反省するのか?コーチング&占い師的分析 本日映画同好会による解説大会

 

朝から岡村さんのラジオを聴く。

人が反省するのか、ということについて聞きながら考えていた。

Twitterの論点で、「岡村さんは反省するの?」みたいなことが流れていた。反省、というのは言い換えれば、彼は変わるのか、ということだろう。これについて私なりにラジオを聴いて思うことがあった。

 

私は占いしつつコーチングやってるので、占い師とは言ってもどっちかっていうとカウンセラーっぽいのだが、それはさておき、私のクライアントさんの中でも変わる人と変わらない人がいる。その分岐点は、現実を認め、否認しない。ということがとても大きい。ほぼここにかかってる、といってもいい。

現実を認め否認をしない、というのは、「私は、こういったことをしました。そしてこういう状態に陥っています。間違いありません」と、認めることである。

 

例えばギャンブル癖、借金で困っている、みたいな人がきた場合、

「私はギャンブルで400万使いました。それでお金に困って破産しました。もう繰り返したくありません」

と本人が口にできれば、もうほぼそれでゴールまでたどり着いたに近い。

 

愛されたいと望んでいるのにうまくいかない人は、

「私は●●さんを愛しているし、●●さんから愛されたい」

といえば、もう変わっていくのである。

 

しかし、こういう言い方をする人はとても稀である。自分が困っていることや自分の本心を認められない人が多い。そういう人の言い方はこうである。

 

「私は確かにギャンブルで300万くらいつかったかもしれませんね。そして困った部分もあったかもしれません。それは直したほうがいいという人もいるとは思います。確かに妻もそういっていたこともあったように思います」

 

「私は●●さんを愛しているといえばそうといえる部分もあるかもしれません。でもそれは状況によってというところで、愛しているかどうかはわからないところもあるんです。別に相手のかわりもいるとは思いますが、今のところ一緒にいるので、そういう部分もあるかもしれません。でも、一人だけでは寂しく、相手がいると癒されるところもあって」

 

こういう人は、だいたいにおいて回りくどい。回りくどさとは、自分の本心と、自分の現実を湾曲するための一つの手段である。そして、自分の本心、自分の現実を、他人事として表現する。徹底的に他人事としての体で、確定的な言い方をしないのである。

つまり、この確定的な言い方をしない、そして自分の本心をごまかす、というのが、変化しない人の特徴である。

 

同時に、ここで大事なのは、ギャンブルで困ったと認めたらすぐにそれが治る、ということでもないし、●●さんを愛しているといえば、その人から愛される、ということではない。そこはゴールではない。現実の否認によって、うまくいっていなかった自分の人生を見直し、組み立てなおし、人生全体がうまくいきはじめるということがゴールだ。

 

こんな婉曲な言い方する人いる?なんて思うかもしれないが、たくさんいる。

そして岡村さんのラジオは、ある種それの良いサンプルである。家事をしながらきいていたので、間違っていたら申し訳ないが、1時間以上にわたる岡村さんと矢部さんのラジオを聴いていたのだが、序盤から中盤まで、岡村さんは、返答こそ短いが、

「そうかもしれないね」

「そういう面もあったかも知らんね」

という、トラブルに対して、他人事としての返答を繰り返している。

一度も素直にそうだね、といわない。

ただし、中盤以降のかなり後半になって、

「そうだね」

みたいな確定的な相槌がはいるようになる。

 

この、そうだね的な確定的な認める系相槌は、相方の人が、おそらく本心と思われるものを直接ぶつけ始めたところから始まっているので、そこからの変化のような気もする。人は正面からぶつかられたときに変化のきっかけをつかむことが多いから。

 

というわけで個人的な考えでは、彼は変化するきっかけはつかんだように思う。そして何かしら変わるだろうとも思った。

あと、ラジオをこれから聞く人がいたら、彼の確定的な相槌がどのへんででるのか、そしてあいまいな序盤の返事が本当に連続するという興味深い事象に目を向けてもらえるといいかもしれない。

 

と、上記書いたが、別に研究の為とかじゃなく、なんとなく聞いてなんとなく書いただけだから、なんかちがってたらごめ。

 

 

 

今日は初めての映画同好会であった。

みんな映画みてるぅ!と思ってびっくりした。2019年ピックアップ映画、というか私2019年働きすぎててほとんど映画を見ておらず、10選、というよりも見た10作をあげるみたいになったのがちょっと恥ずかしかった。

私が見た2019年映画は下記である。

『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』
『天気の子』 
『スパイダーマン:スパイダーバース』
『女王陛下のお気に入り』
『二人の女王』
『アクアマン』
『翔んで埼玉』
『THE UPSIDE/最強のふたり』
『魂のゆくえ』
『アナと雪の女王2』

それぞれ解説したいけど今あまりに眠すぎて解説書くのが面倒くさいのでさぼろうと思う。

 

皆がお勧めしていた映画で気になったのは、ジョーカー、ハングオーバー、運び屋、マイティソーの3作目、ワンスアポンアタイム(重要、これは教養がないとシナリオ上の引っ張り力に気づけずに終わる)、イエスタデイ、グリーンブック、グリーンブックのついになる感じの黒人監督の映画(名前がでてこない)、ガラスマンみたいな名前の映画

 

ですね。ていうか私はマーベルとDCの違いが全く分かっていなくてすごいな、と思いました。昔おもちゃ屋のアメコミ担当だったのに……。

 

次回までに映画同好会で見るべき課題映画はジョーカー、運び屋、アメリカンアニマルズとなりました。わーい超楽しみ。

 

ていうか、創作する人なら絶対見なきゃみたいな映画を全然みてなくて恥ずかしいなと思いました。もっと見よう。私は昼から朝まで働くみたいな働き方を2020年こそやめよう、っていうかやめてますねもう。2019年は全然ダメだったけど……。

 

今日はG社から洋服が届いた。だいたい洋服がなくて適当な服をそろえなきゃ、となったときの私の購入先はG社である。ブラウスがか~わい~。ここは社長が逮捕されてからも元気いっぱい商売を続けていてたくましいと思う。逮捕されてワイドショーをにぎわせていたころは、ヤフー楽天と、死ぬほど売り上げていたが即日退店になっていてうわぁ、と思ったし、昔私が服屋だったとき、同じく洋服屋だったの友達と

「パターンパクリで逮捕とか、内部の社員に密告された以外立件不可能だからよほど恨まれていたんだね」

と話したことを思い出すのであった。ここはパターンのシルエットが本当にきれいだなと昔から思っていたが、そりゃ他の良いブランドからそのままもってきてたらきれいなわけだな……と思った記憶。

ちなみに、パターンパクリは下位の下位、ブランド名が付かないような洋服では普通に行われているので、洋服業界内では業界慣習的に、それほど重篤なものとして扱われない。だからよく似た洋服がでるわけだし、もっというとハイブランドのデザインしたものを、中堅ブランドがトレンドとして取り入れ、下位ブランドがそれの廉価版を出す、という感じなので、もうパクリなんだかリスペクトなんだかわからないしそれが結構許されている。ただし、まんまきりまざいてばらしてパターンパクった場合は、その中でも、プライドなさすぎ恥知らず、というそしりの対象にはなったりする。タグ付け替えとかもあるから、パクリとかパクリじゃないとかそういうのがなんかえらいあいまいな業界であった。。。

 

 

そうだ、朝不思議な夢を見た。

私は久しぶりに声優のオーディションを受けていて、そこには私が養成所時代から恐れていたO先生が審査員、あとなぜか1月あたりにいた会社の、なんとなく好きじゃなかった同僚も審査員としており、私はオーディション台本を読むのだが、どうしてもあるところでとちってしまい、何度読み直しても、ちゃんと読めない。

目の前のO先生と同僚は、そんな私を見てくすくす笑い出す。そして、お手本で読んであげようか?と同僚がいい、読んでくれるんだが、これがまた同僚もとちるんだけど、まぁなんか私の方がましだよね、みたいなことをいってきて、

「ひ、ひどい、理不尽」

と思って焦りと悲しみの中飛び起きたら9時50分だった。その瞬間ゴミの日だったことを思い出し飛び起きてゴミ捨てにいったら、ぎりぎりゴミ収集車が去る30秒前だったのでたすかった。

よかったよかった。

でも、私ほとんどこういう追い詰められ系の夢見ないんだけど、いったいどうしたんだろう?珍しい。かなり前にゴジラっぽいティラノサウルスにうちの犬と一緒に追いかけらて逃げる夢(たぶん映画のジュマンジに影響された)以来ですね。

 

それにしても、今日はすごく天気が良くて、暑ささえ感じた。

いい天気だと心もうきうきする。薄くてひらひらした濃いオレンジのワンピースを着たら、テンションも上がった。スカートのドレープが、回るたびにきれいについてくるので、鏡の前で何回かターンした。ふふっ。

 

 

 

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