電子の海でダンスを

あたまのゆるいシナリオライターの雑記帳。

後ろの正面だあれ、祖父は軍人だった

NHKの広島タイムラインを追っていたから、すごくドキドキした6日になった。この手法はワニと一緒だなぁ。この間相棒と話したけど、ヒッチコックの話で、ただの雑談を見せるくらいなら、机の下に爆弾を仕掛けておけというのがありそれだよね、という。

でも、いい企画ですね。昔、何の罪もなく殺された黒人の、殺される瞬間までのただの日常という映画があるって話を聞いたけど、それと同じ。亡くなった人の普通の私たちと変わらない日常を見せるということ。

 

今日は徹夜して朝からずっと起きていたので、8時15分にも起きていた。

広島のあの会場のウェブ中継を見ながら、おばあさまのこととか(昔呉にいた)、この世界の片隅にのことを考えたりした。

 

黙とうをした。

昔、高校の時、図書館で勉強していた。その時に、図書館で、原爆が落ちた日、終戦の日に黙とうのアナウンスがあったことを思い出した。いや、毎年この時期には思い出している。図書館の人全体が一つになった感じとか。

広島には高校中学の時に行った気がするが、ほとんど記憶がない。

展示も見たと思うが、思い出せない。本当に記憶がまったくない。うーん、私学生時代の記憶はまだらというか非常に断片的だからなー。でもこんなに覚えていないってあるだろうか。もしかしたら、行ってなかったのかな?そんなことないと思うんだが……。

今日Twitterで、昔の展示は人形がいっぱいでそれには良くない点もあった、今の展示はより想像力が働くよう変わっていると書かれているのを見た。確かに、何か、人形みたいなものがあったような……?広島に行ったのに、施設のことは本当に覚えていなくて、それより、坂岩公民館でみた、後ろの正面だあれの映画の方を覚えている。少年Hとかね、あれは中学で読んだっけ。

広島の展示が変わっているなら見てみたいな。でも今だと泣いちゃうかもしれない。相棒が広島関係の人だから今度連れて行ってもらおうか。


·私の祖父は軍人として広島にいて、祖母はその軍人の妻として広島へいった。若者の教官だったらしい。頭のいい人だから負けは感じていたろう。どんな気持ちでそれで、若者を見送ったんだろうとか、もう一人の祖父の、特攻がもっと続いていれば勝てたといった現実の湾曲を思い出す。現実を曲げるのは、つらかったからだ。友達が、知り合いが、ただ無為に死んだと、誰も思いたくないのだ。

 

戦争は嫌だなと思う。ていうか戦争やだなーとか爆弾で死にたくないなーということを表明することは、ライター的にはあんまり利益はない。何も語らないほうがたぶん得だしスマートなふるまいだろうと思う。シナリオライター的にはわからない。ライターより考えを表明している人は多い。友達が、嫌なことを知らないようにすることは、罪ではと言っていた。そうだと思う。それは忘却の第一歩であり、過ちを繰り返すということだからだ。

 

彼女はなんて書いていたっけ、悲惨で恐ろしいものを見せないようにすることの先は地獄だ、しかし、考えないようにする、後回しにするは、その時は楽、そしてそういうことをする人はある種の悪人だと書いていた。

そうだなぁと思う。心を騒がせるもの、痛みを感じさせること、あまりにもひどいものを見せないようにすることの先は地獄だ、繰り返すが、それは忘却するということであり、忘却は同じ過ちを繰り返すことに繋がっている。私たちは楽をするためにすぐ忘れ、何度も繰り返す。忘却は悪であり、そしてそれはふつうの、凡庸な人間がもっともやりがちな悪だとも思う。人は、楽をしたがる。直面すべきものを避ける。辛さやめんどくささに向き合うのが本当に苦手なんだろう。私は占い師だが、占いをしているとこの手のことはよく思う。私のやっていることは、占いであり、同時にお客を現実に直面させる、ただそれだけだ。しかし、これはほとんどの人間は一人でうまくできないのだ、人の補助があってもなかなか難しい。向き合うことはつらく面倒で、向き合わないことは楽でかんたんだからだ。そこからすると、普通の人間は、基本的に悪に寄っているのかもしれない。悪という自覚なくして。

 

スポンサードリンク