電子の海でダンスを

あたまのゆるいシナリオライターの雑記帳。

無保険狐の人身事故

これもめもる。

 

 

今日も仕事が遅くなっちゃったから、明日の予定を前倒しにしないと、なんてことを考えながら夜道を歩いていると、通りの向こうから白い光がちかちかと瞬くのが見えた。
何だろう?と目を凝らした瞬間、どおん!という衝撃と共に、私の体は吹っ飛んでいたのであった。

気が付いたら病院のベッドにいた。
「大丈夫ですか?」
かけ布団の上に一匹の白い狐がちょこんとのっている。
目と目が合う。見つめ合う私たち。
「あの、大丈夫ですか?」
狐は重ねて言った。
「え」
目を覚ましたら動物がいるし何か喋ってるし、驚いた私は起き上がろうとしたけれど、なんか体が物凄く重いし痛いしで起き上がれない。
「申し訳ありません、道端であなたをはねてしまいまして。
病院まで連れてきたものの、気絶したままなので大変心配いたしました。
一応、神に仕える身の仁義として、回復するまでは私があなた様の身の回りのお手伝いと、賠償金をご用意させていただく所存です、心配なく」
言うだけ言うと、真っ白い狐はまるで幻だったかのようにぼよんと消えた。
すんごい体がいたい。道を歩いていて、そうだ何かに思いっきり跳ね飛ばされて、そうか、今病院にいるのね私。
さっきの喋る狐は……あれは多分痛みが見せる幻……?と私は思って、また寝た。

数日後、まだ完全には回復していないものの、無事退院して家に帰り、玄関のドアを開けると、家の中が整然と片付いていた。
テーブルの上には

『退院おめでとう!』

と書かれたケーキものっている。
「なんだこれ…」
唖然として立ち尽くしていると、
「おかえりなさいませ!」
がちゃっと隣の部屋のドアが開き、中からエプロンと三角巾をかぶった白い狐が登場した。
「え、」
「退院おめでとうございます!あなた様が帰ってこられるときいて、わたくしめも少々張り切ってしまいました。どうぞ召し上がってください」
といいつつテーブルの上のケーキを指し示す。
「え……あなたが作ったの?」
「はい!あ!大丈夫ですよ、毛のたぐいなどは入っておりません。非常に衛生的です」
誇らしげな顔で狐はしっぽを振った。
「このたびはわたくしめの不注意であなた様をはねてしまいまして、すっかり元気になるまで、身の回りのお世話をする所存でございます。
また、このたびご迷惑をおかけしました賠償については、必ずいたします所存でございますが、わたくし保険に入っておりませんで、すぐにきんすのよういができませんでした。
獣の身ゆえ、働いてきんすを用意するというのに、少々難渋しております。これについては、もうしばらくお待ちいただけませんでしょうか、かならずやお金はご用意いたしますゆえ」
「え……いや、いいよ、おうちに帰ったら?」
「そういうわけには参りません!
狐にも仁義というものがあるのです。これを破ったら、私は破門されてしまいます!
かならずお役に立ちますので、どうぞ側においていただければと」
結局、役に立つから絶対に家においてくれという狐に根負けし、私が会社を休業している間は、狐がこの家で私の世話をするという事になったのだった。

狐と同居して3日。
狐は家事掃除洗濯なんでもやってくれていた。毎日手の込んだ料理がでるのは、ちょっとした楽しみになっていた。
が。
「だめですよ、ピーマンを残しては!」
狐が言うのでしぶしぶ私はチャーハンからより分けたピーマンを口に運び溜め息をついた。
「健康な体は健康な食事からです。偏食はいけません」
狐の作ってくれたチャーハンを食べながら、
(意外と口うるさいな……)
と私は思っていた。

狐と同居して一週間。私も前よりは歩いたり立ったりがきつくなくなっていた。
そんな折、
「そろそろわたくし、きんすをつくってまいります。
今晩から明日の晩まで、家を留守にいたしますが、どうぞご了承くださいませ。それから、できれば小さいポーチなんかを貸していただけると、大変助かるのですが」
と狐が頭をぺこりと下げた。
狐が持てるような小さいポーチを探しながら、
「どうやってお金を稼ぐの?」
狐なのに。と思ったのできいてみると、
「それは企業秘密という奴です」
と狐はこんと鳴いて笑った。


翌日の朝帰ってきた狐は、お酒とタバコと香水のにおいをぷんぷんさせながら、
「帰りましたよう!」
とご機嫌でこんと鳴いた。どうやら酔っ払っているようだった。
「さて、このポーチはお返しいたします」
といって返されたポーチの中は、一万円札が束で入っていて、もらえないという私に、
「これをもらっていただけないと、私も勤めを果たしたことになりませんので、どうしてももらっていただかないと困ります」
と狐は主張し、押し問答の末、結局そのお金を受け取る事になったのだった。

狐がやってきて2週間。
改まった顔をして、狐が私の前に背筋を伸ばして座っていた。
「さて、賠償金も支払い終えましたし、あなた様も身の回りの世話が要らない程度には元気になったようにお見受けいたします。
わたくしめもそろそろ、勤めを果たしたということで、おいとましたく思います。
つきましては、明晩、こちらを発ちたいと思いますが、宜しいでしょうか?」
「かまわないよ。今まで有難う。すごく助かった」
「ありがとうございます」
狐は涙もろいのか、目をうるうるさせた。

その晩、狐は身の回りの整理をすると、
「それではおいとまさせていただきます」
と挨拶した。
「今度道を走るときは、保険に入るんだよ」
「本当、その点は骨身にしみました。必ずそのようにいたします。
ご迷惑をおかけいたしました」
「元気でね」
「そちらもお元気で」
狐は尻尾を振ると、助走をつけて走り出した、と思ったら、彗星のようにビューんと空の彼方へ消えていった。
あまりの速さと勢いに、
「良くあれにはねられて……死ななかったなあ」と私は自分自身に感心したのだった。

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